実りの秋到来、イノシシとのせめぎ合い。

今年は季節の移り変わりが前倒しし、梅雨明けも夏の終わりも、例年より1ヶ月ほど早く、あっという間に肌寒い季節になりましたね。

大きな台風も次から次へと発生し、落ち着かない毎日です。

さて、我がみもり自然農園は、というと、台風の影響はさほどないものの、この夏からイノシシが畑の周りを荒らしまくっていて、夏が終わる頃にはとうとう畑の中に侵入してきました。

サツマイモなど美味しい実のなる作物の匂いを嗅ぎつけてきたのでしょう。

相方のM和ちゃんが一生懸命ネットの下側にブロックを乗せたり、獣が嫌う植物(唐辛子、紫蘇、ハーブなど)を周りに植えたりして、対策してくれました。

バジルとチェリートマト
左上から時計回りに、野生の花、チェリートマト、紫蘇とバッタ、綿花
左上から時計回りに、小かぶ、ツルムラサキ、唐辛子、あずき(多分)

植物の力ってすごいですね。

あれだけイノシシに踏み荒らされてサツマイモの畝はめちゃくちゃだったのに、またたくさんの芽が成長して実を生らすなんて!

見てごらんなさいよ、この健気な姿!(赤枠がサツマイモ)

それもこれも、M和ちゃんの献身的なお世話のおかげかな。(私は近頃、草刈りと収穫くらいしかしていないような気がする・・・汗)

 

畑全体を遠くから見渡せば、放置の末、荒らしてしまっているようにも見えますが、結構頻繁に様子を見に行ったり、こまめに整えようとしたりしていて、一応ちゃんと元気に生きています。

川口由一さんのような絵画的センスがあれば、自然農の畑ももっと美しい形になるのだと知っていますが、ペーペーの素人にはそこまで考えられないのが実情。

この畑を作って、もうすぐ一年。(荒地の開墾の巻

元はこんな荒地

まだまだな私たちですが、この畑への愛着はしっかり持っています。

だから、イノシシさん、もう来ないでください!


川口さんの著書で参考にしているのがこれらの本です。


筋肉痛と降雪後の畑(みもり自然農園)の様子

今週はたくさん雪も降って寒かったですね。

いつも山越えして姪浜のスタジオ(朝のマイソールクラス)へ行くのですが、水曜日からの降雪で道路凍結の恐れがあったため、スタジオへは行かずにキックボクシングのトレーニングや、自宅での自主練をしていました。

今日は気温も落ち着いたのでスタジオまで練習に行ってきましたが、自主練やトレーニングを頑張りすぎて筋肉痛がひどく、体が思うように動きませんでした・・・。
重りでもつけて負荷をかけてやっているような感じで、全く集中できない。そしてきついし痛い!!

でも、

「ああ、そうだった。私はヨガを通して、どんな状況でも、どんな感覚にも冷静に客観的に受け入れる練習をしているんだった。

調子よく体がうまく動くことや、できなかったことができるようになる喜びを得るためにしているのではなかった・・・」

と、改めて思い返すのでした。

ですから、今日のこの経験があってよかったんだ〜と思います。

さて、帰りに畑が気になって見に行きました。

ソラマメ
オオザヤ

少し、しんなりしていましたが、来週気温が上がるのでまた元気に復活してくれると思います。

カレンデュラの芽
紫キャベツ
畑の表面に見える茶色の笹は霜除けのつもり。南畑エリアは気温が低いので雪が残っている。

どんな状況・環境でも、植物たちの生きる力に応じて、必要なら手を貸すし、不要なら何もしない。

どうやって成長するのか大事に見守るのが自然農ですが、ヨガの指導をする上でも似たようなところがあるなあと思います。

生徒さんの体や気持ちに応じて、無理をさせず、依存をさせないように気をつけながら、自然と自分の力で変化していくのをそばで見守り、必要なら手を貸す。

大切なことっていうのは、何にでも通じていますね。

那珂川町不入道でキャンプ&忘年会

 

ヨガのレッスンや畑などでお世話になっているTHREE TREESの敷地内にテントを張り、アシュタンガヨガのレッスンを受けてくださっている生徒さんたちと忘年会を実施しました。

娘は早々に寝てしまいましたが、大人たちは深夜近くまで飲んで食べながら、今年一年を振り返り、来年の抱負を語り合いました。

まだ出会って半年しか経過していませんが、もうすでに何年も一緒に過ごしているかのような自然な関係・・・。とても楽しい宴でした。

 

私たち家族はそのままテントで一泊。

もう随分寒く、畑の野菜たち(THREE TREESにみもり自然農園という畑を作って野菜を育てています。)が心配ですが、今のところ元気に力強く育っているようです。頑張れ!野菜たち!

自然農で育てているそら豆。
こちらはオオザヤ。
笹の葉で霜よけを作ったりしながら冬の寒さ対策。

いよいよ年末。

事故や病気などが増える時期です。

気を引き締めていきましょう♪


<年内中の残りのレッスン>

・12/25(月)14:00-15:00 産後リカバリヨガ

・12/26(火)14:30-15:30 インサイトヨガ

・12/27(水)10:00-11:30 アシュタンガヨガ初級(フルプライマリー)

・12/28(木)10:30-11:30 呼吸法・瞑想

※事前の予約が必要です。ご予約はお電話かメールで受け付けています。

info@sumsuun.com(24時間受付中)

080-3907-5162(時間帯によっては出られないこともありますのでご了承ください。)

開墾!畝立て!那珂川町不入道に「みもり自然農園」が完成しました

ヨガの生徒さんでもある「THREE TREES」の三森さん(ジュエリーデザイナー兼カフェオーナー)が、敷地内にある土地を畑として使ってもいいよ〜!とおっしゃってくれたので、そのご厚意に甘えて、今回念願の畑作りに着手しました。

自然農を始めるのにもってこい!な荒地
先日一緒に松国自然農園へ見学に行った美和ちゃんと夫と娘

自然農法は耕さないので、草刈りをしたらすぐに畝立て。

地上部の草をひたすら刈っていく。ほんとは大きな草の株も抜かなくていいらしいのだけど、よくわかっておらず、鍬で掘り起こしてしまった。

刈った草は、畝ができたらその上にかぶせるので、まとめて端に置いておく。

紐で畝のライン引き

 

いざ、畝立て!畝は日中満遍なく日が当たるよう南北に立てる。

 

溝を掘り、掘った土を左右の畝部分にかける

元々田んぼにしていた場所で、掘ると粘土質の土が混じっていたり、陶器のかけら、ゴミなども出てきた。それらを丁寧に取り除きながら、畝を作っていく。

ミミズや幼虫などを見つけたらそっと土を被せてそのままにしておく。

畝を一つ作ったところで、1日目終了。

私たち家族は、畑の上にある丘でそのままキャンプイン!

近くのお風呂屋さんに行って夕飯を済ませて戻ってくると、綺麗な満月
翌朝、パパが薪割り、火起こしして、ダッチオーブンでシチュー作り。その間、私はひたすら畝立て
美味しいシチューを食べてひと休み。畑仕事はとにかくお腹が減る!!

 

翌日、二日目の朝。助っ人登場。

 

畝立て完了

 

さっそく種降ろし
自然農の見学会で分けてもらったそら豆の種
そのほかにも九条ネギ、おおざやを植えました

 

種降ろしが終わったら、上から刈った草を全部かける
イノシシ除けのネットで囲って終了

 

三森さん(私たちは勇さんと呼んでいる)、本当にありがとうございます!!

感謝と敬意を込めて、この畑の名前を「みもり自然農園」にしました。

これからもみんなで大切に可愛がっていきたいと思います♡

【参考にした本】

生きるということについて考える

10代はワケも分からず走り、20代は迷いに迷って遠回り、ようやく30代で自分の生き方を決めました。

裕福な時代もあったし、逆に貧しく険しい道も歩いたし、近代・現代文明の恩恵をたっぷり受けて現代病にもなったし、絶望的な気分を味わったこともあります。

でも途中で気がつきました。

未だに「苦労」が「勲章」みたいに思われる風潮がありますが、苦労するには苦労するなりの理由があるし、その原因のほとんどはその本人にある訳で、苦労しない人っていうのは、そもそもそういう生き方をしていないのだと。

 

「道」を選ぶのは自分。

「こちらに行けば苦労しませんよ」「こちらに行けば、辛い思いをしますよ」というのを誰かがいちいち教えてくれる訳ではありません。

人は、おぎゃっと生まれて自立するまでの間に、親や周囲の環境からの影響を受けながら、その「道を選ぶセンス」を磨いていくのだと思います。

もちろん、自立してからでもいくらでもそのセンスは磨けるのだけど、苦労なんてものはしないで済むのならしない方がいい。

誤解のないように説明しておくと、苦労するというのと、一生懸命頑張るというのは別物であって、一生懸命頑張っている時には、苦しみではなく喜びとか嬉しさが共にあります。それならば大いに経験すべきだと思うのです。

 

要は、苦しみや不安がそこにあるのか否かということ。

 

想像してみてください。

何不自由なく暮らしている今の生活を、自然災害や人災によって全て失ってしまったら。

生きてゆけますか?

生きていく自信がないのなら、常にその不安や恐怖から逃れることはできませんが、自信があれば何も恐れることはありません。

自然の中に身一つ投げ出されても、自然の中から食べるものを得ることができ、火をおこすことができ、水を調達することができ、木を倒して家を作ることができる、知恵と丈夫な体があれば、生きていけるのです。

 

そこは、人間関係がどうとか、仕事がどうとか、学歴がどうとか、いじめとか、貧富の差とか、個性がどうとか、結婚がどうとか、子供がいるのかいないのかとか、そういうことはどうでもよく、ただ「生きる」ということに一生懸命にならざるを得ない厳しい世界だと思います。

不必要に心を悩ませたり痛めたりすることもなく、まっすぐに清々しく堂々とエネルギッシュに喜びに満ちて生きていける世界です。

残された時間を、そういう風に生きたいなと思います。

来年春、いよいよ40歳を迎えます。

40代は、惑わず突き進んでいくべし。

 

自然農と子育て

自然農は、「自ずから然らしむる」宇宙の営み、いのちの営みに沿った農法・栽培法です。

耕さず、虫や草などを敵とせず、農薬・肥料を用いない。

それは、そのまま育児にも置き換えることができます。

 

育児書にこう書いてあるから、昔からそうだから、常識だから、、ではなく、

過干渉はせず(耕さない)、常に見守り必要があれば手を貸す(応じる)。

一般的に害と思われるものでも、実は子供の生育に役立つものもあるので(インターネットやゲーム、アニメや漫画、大人同士の関わりの中で過ごすことなど)それを見極め、すべてを排除せず、子供が興味を持てば責任を持って与える。(草や虫を敵としない)

ただし、絶対的に害になるものは与えない。醜悪なものを賞賛する誤った考え方(テロ、戦争、核、その他犯罪)が世の中に存在するありのままの事実と正しい見方をしっかりと教育する。(農薬・肥料を用いない)

他にも色々と細かく参考になることはあるのですが、この三つだけでも、育児をしていく上での大きな指針となり得るのかなぁと思います。

そうやって伸び伸びと育つ子供は、きっと聡明でまっすぐで、世間ずれすることなくエネルギーに溢れているような気がするのです。

 

福岡自然農塾で「自然農」を学ぶ

念願だった自然農塾見学会に参加してきました。

福岡自然農塾の見学会は、定期的に行われており、一番メインになっている見学会が、2ヶ月ごとに糸島の農園で実施されています。

自然農とは、耕さない、虫や草を敵としない、農薬肥料を用いない、という三原則に則り、自然の営みに沿った栽培を行います。

使う道具は、ノコガマ、スコップ、鍬のみ。

草刈りは必要に応じて行いますが、草ボーボーであることは土の豊かさを現しており、そこに虫たちが活き活きと生きている様子を自然のあるがままの姿とする、「自然に応じる」農法です。

 

活き活きとエネルギーを感じる田畑の様子
夫と娘もワクワク

 

タネのおろし方実習
ブロッコリー、白菜、カリフラワー、小松菜などの移植実習
稲刈り実習
藁で縛る
ハザ掛け

自然農は、本来そうあるはずの生き方そのものだと思います。

宇宙の真理、自然の摂理に従い、個々に応じるやり方で、、というのは、実はヨガでも瞑想でも全く同じ考え方なんですよね。

 

ちなみに個々に応じるというのは、例えば、稲刈りの後の草刈りは、夏草は自然と枯れていくのでそのままでよく、冬草はこれから育てる小麦と競合するので丁寧に刈っておく、というようなこと。闇雲にただ刈れば良いというものではないのです。(自然農では、刈った草もどこにも持ち出さず、作物の周りに満遍なく散らしておきます。それがやがて土へ還り栄養となります。草は敵ではない。)

昔、植物を育てる時「土の表面が乾いたら、水やりをする」と書いてあるので、その通りにしていたのに、根腐れしてしまった・・ということがよくありました。

私は植物を育てるのがとても苦手でした。

今考えると、実は土の表面は乾いていたけど、少し下の根のあたりは湿り気たっぷりで水は必要ないのに、じゃんじゃんあげていたわけです。何の不思議もない、私がただそうなるようにしていただけです。

かつての私は、植物そのもののことも、その植物がおかれている環境や気候、状況をちゃんとわかっておらず(無知)、ただ、こうするのだという慣例や決まりの通りにすればコトはうまくいくのだと思い込んでいたのですね。

 

でも今は、もう何年も植物が生きられる世話ができるようになりました。

土だけではなく、植物の葉っぱや茎など全体を見て、水が必要そうだなと思えばあげるし、不要ならあげない。そういう判断が自然とできるようになっています。

 

ヨガや瞑想、そして自然農に触れながら日々を過ごしていれば自然と、観察力、洞察力、真理眼のようなものが養われ磨かれていくような気がしています。

それは決して高尚であるとか、すごいでしょ!ということが言いたいのではなくて、本来私たちは当然そういうものであったはずなのだけど、文明の発達によって退化しているということなのです。

縄文・弥生時代の農耕民族なんかは、当たり前のように自然の摂理に従って、自然農で行なっている営みを、ごく自然にしていたのです。

「自然農」は、とっても深く、核心に迫る。

そういうものを、家族みんなで共有できることが、この上なく幸せなのです。