「心を浄化」ってどうやるの?!アシュタンガヨガ・心の浄化のプロセスについて

アシュタンガヨガは心身を浄化します。
・・・と、言われても、一体どうやって?!どんな理屈?と思いませんか?

体の浄化については、YouTubeチャンネル「アシュタンガヨガを動画で学ぶ」の中の座学などで触れているのですが、心の浄化についてはあまり詳しくお話ししていないので、今回は、私の実体験を元に、心の浄化のプロセスについてお話ししてみたいと思います。


アシュタンガヨガを始めて起こった変化

【ケースその1】

アシュタンガヨガを始めた当初、私はなぜかとても怒りっぽくなっていました。自分の正義に当てはまらない他人に対して怒りが湧いて仕方ないのです。
ですから、ヨガをしているのにこんなに気持ちがギスギスするなんて、やってる意味あるのかな?と思ったことがあります。

【ケースその2】

アシュタンガヨガのハーフプライマリーをコンスタントに練習していた頃。
最初は自分一人でDVDを見ながら練習していましたが、ある時からスタジオに通うようになりました。すると、気がついたら、他の生徒さんと自分を比べるようになりました。
「あの人より自分の方ができている」「あの人はあのポーズできるんだ!すごい!羨ましい!」と比較ばかりして全く集中できなくなって、苦しさを感じるようになりました。
楽になるためのヨガなのに、苦しい思いをしないといけないなんて本末転倒じゃないか・・・、と思いました。

<心の浄化プロセス1>「煩悩エネルギーの表面化」

『エネルギーは自分の意識の方向に流れる性質があるので、普段から怒りっぽい人はさらに怒りっぽくなり、物欲やお金に囚われている人はさらにその傾向が強くなる』

と言われています。


(2006年11月10日発行 Yogini vol.9より)

 

ですので、私の場合、このアシュタンガヨガの練習によって「怒り」や「プライド」といった煩悩エネルギーが刺激されて表面化したのだと思われます。
私はなぜこれらの煩悩が強いのか、その原因について子供の頃を思い返して考えてみました。

【ケースその1】

私の父親が非常に真面目で、自分にも他人にも厳しい人でしたので、その影響が大きいと思うのですが、私も他人に対して厳しくなってしまうところがかなりあったと思います。
「自分はこうしてるのに、なぜあの人はできないんだろう」とか、自分の基準に当てはまらない人を許せない。そのことを誇りにさえ思っていたと思います。
でも結局、その感情が出てきた時に苦しい思いをするのはいつも自分でした。
私にとって、他人への怒りは苦しみでしかなかったのです。

【ケースその2】

三人姉妹の真ん中で、いつも比べられて育ったこともあり、私はとても「競争心」が強かったと思います。
常に優秀でなければ可愛がってもらえないと思い込んで育ったのです。
動機がそういうものなので、やりたくないことや楽しくないことも無理に頑張ったりして、その先にある成功体験や自分自身の達成感などがあまり感じられないままでした。正直苦しかった思い出ばかりです。
そういう中で「競争心」ばかりが育って、自分が楽しむためではなく、人より優れていたいというプライドばかりが強くなっていました。
その切羽詰まった感情は、苦しみでしかありません。

そのようなことを、私はアシュタンガヨガの練習やその他の学びを通して気がつくことができました。
つまり、それによって自分を苦しめている煩悩を自然に表面化していたのです。

<心の浄化プロセス2>「ありのままを受け入れ、その後の言動に注意する」

自分の性格のネガティブな部分に気がつくと、多少なりともショックを受けます。受け入れがたい真実。短所と長所は表裏一体とも言えると思うのですが、私には「人に好かれたい」という欲の強さもあり、人より優れていたいプライドや自分に対する怒りも手伝って、このままではいけないという気持ちになったのでしょう。「変わりたい!」と積極的に思うに至りました。その後は、自分の立ち居振る舞いや言動に「危険」を感じたら、反省して改めたり、次は気をつけよう・・・と思ったり、その繰り返しです。すぐにそういう部分が直ると思ったら大間違い。そう簡単なことではないけれど、「意識する」ということが何より大事だと思っています。

煩悩は薄れてやがて浄化される

【ケースその1】

練習を始めてしばらくしたら、いつのまにかその怒りっぽいところがマシになっていることに気がつきました。
今でも同じようなシチュエーションに出くわした時、一瞬火がつきますが、「おっといけない、いけない、これは私の悪い癖だ」と、そのつきかけた火を吹き消す余裕ができてきたのかな?と思います。少なくとも、当初のように苦しいと感じるようなことはなくなっています。

【ケースその2】

自分がどのくらいできているのか、ということや、自分よりも練習が進んでいる人のことが全く気にならないか、と聞かれると「気になります!」というのが本音です。
ただ、以前のように「焦り」や「嫉妬」といったネガティブな感情はあまり出て来ず、「尊敬」や「信頼」という感情が芽生え、それによってやる気を起こして練習を楽しめるようになりました。

アシュタンガヨガは、体の中に火をおこして、ネガティブなエネルギーをどんどん燃やして、そして最後には浄化されるシステムです。
そして最終的には、ネガティブな感情が生じにくい穏やかな心を持てるようになります。
(アシュタンガヨガは、そういう独自のアプローチをしているだけで、他のヨガも同じく最終的にいきつくところは、サマディ(三昧、解脱)です。)

原理としては、自分の持っているネガティブなエネルギー(心を煩わせ苦しめる煩悩)が表面化するので、とってもわかりやすいし対処しやすい。
表面化した煩悩を、客観的に受け入れる訓練をしていれば、いつしかその煩悩は抗うことをやめ、消えてしまいます。
それが浄化と呼ばれる所以です。

もしここで、自分のネガティブな感情に目を向けずにごまかしていると、何が自分を苦しめているのかがわからなくなってしまいます。
あるいは、自分のことを棚に上げて他人や何か別のことを原因にしてしまって、それに納得がいかない相手とトラブルが起きます。

さて、アシュタンガヨガを始めたあなたが、いつか「私って嫌な人間だなあ・・・苦しいなあ・・・」と感じることがあれば、そんな部分を浄化するチャンスです。
その時は、とりあえず難しいことを考えずに、ただひたすらアーサナを練習してみてください。浄化するまでどのくらいの時間を要するかは、その人の煩悩がどのくらい強いかによって異なりますので、焦らずに、その時が来るのを楽しみに練習を続けましょう。

そのうち、これまでよりもずっと生きやすくなっていることに、気がつくはずです。

瞑想修行10日間(in ヴィパッサナー瞑想センター)の話

気づき・洞察の「ヴィパッサナー瞑想」とは

2013年2月、タイ北部のチェンマイでタイ式マッサージの勉強をしたことがあります。

(現在は、ほとんど施術をする機会もないのですが・・・)

私の持っているタイ式マッサージのテキストに、セラピストがマッサージを施す前の心の準備として行っている瞑想法が掲載されています。

それが気づきの瞑想「ヴィパッサナー」です。

 

私は当時、瞑想自体、具体的にどのようにすればよいのか、どのくらいの効果があるのかも知らず、ほとんど経験がありませんでした。

ある時、その気づきの瞑想「ヴィパッサナー」の実践法を教えてくれる瞑想センターが日本にある、と知人から聞きました。

ヴィパッサナー瞑想法は私の大好きなゴータマ・ブッダが実際に修行していたものだというのを聞いて、飛びついたのです。

教えてくれた知人も実際に「10日間コース」を受けており、非常に良かったとのことだったので早速申し込みをしました(3か月前から予約ができますが、すぐにキャンセル待ちになるほど人気があるセンターです。)。

気になる方は、webサイトをご覧ください。https://www.jp.dhamma.org/ja/

そして、念願叶って、2013年5月末から12日間京都の山の方にある瞑想センターへ行っておりました。

 

ヴィパッサナー瞑想法とは(ヴィパッサナー協会の資料から抜粋)

『ヴィパッサナーはインドにおける最も古い瞑想法のひとつです。長く人類の間で失われていましたが、2500年以上前に、ゴータマ・ブッダによって再発見されました。「ヴィパッサナー」とは、物事をあるがままに見ることを意味します。それは自己観察による自己浄化のプロセスです。まず、心を集中するために自然な息を観察します。そして鋭く研ぎすました意識を持って、心と体の変化するという性質を観察することへと進み、無常、苦悩、無我、という普遍的な真実を経験します。この直接の経験による真実の実現が、浄化のプロセスです。この道(ダンマ)は全て、普遍的な問題のための普遍的な解決法であり、いかなる組織的な宗教や宗派とも関係ありません。この理由から、この瞑想法は人種や階級や宗教と矛盾することなく、誰でも、いつでも、どこにでも自由に実践でき、また全ての人々に等しく有益であることが分かっています。』

  • 盲目的信心に基づく儀礼や儀式ではありません。
  • 知的な、あるいは哲学的な娯楽ではありません。
  • 静養、休暇、社交の機会ではありません。
  • 日常生活の大変さからの逃避ではありません。
  • 苦悩を根絶する技です。
  • 落ち着いてバランスの取れたやり方で緊張や問題に直面することを可能にする心の浄化法です。
  • 社会に役立つために使うことのできる生きる技です。

 

私は、実践法を習う以前から、ブッダ関連の本を読みあさっていたので、ブッダが解く真理や自然の摂理、起こる問題の全てが自分の内側にあること、人はどう生きれば良いのかという知識はありました。

その知識だけでも、自分の中の問題を自分の力で解決できたりと、実生活にかなりの変化がありました。ですが、知識だけあってもダメです。

ヨガがそうであるように、やはり実践をしなければ、突発的な何かが起きた時にうまく対処できないのです。

泳ぐ方法を知っていても、実際に泳ぐ練習をしなければ泳げないのと一緒です。

 

アニッチャ(無常)の理解の上で完璧な平静さを保つ

 

これだけでは、なんのこっちゃ分からないと思います。でもこれがヴィパッサナー瞑想の神髄です。

よくある例を使って、説明してみます。

 

(例)「粗雑で大きな音を嫌悪している人が、それを耳にすると怒りが湧く」という無意識の反応パターン

【 法則 】
瞑想実践前・・・「粗雑な音」→「嫌いな音」→「イライラ」
瞑想実践後・・・「粗雑な音」→「”嫌いな音”だと嫌悪感を抱いている自分」を観察→「怒りが消える」

これと瞑想がどのように結びついているかというと、こうです。

瞑想は目を閉じて同じ姿勢で長時間座ります。

30分もすれば、股関節から足をもぎ取られるような痛みと、どうにかなりそうな足の痺れなどの肉体的苦痛を感じます。

しかし、それでも動かずにあくまで平静にその感覚を観察し続けなければいけません。全身の神経を全身の感覚に集中させて、微かな感覚も、分かりやすい激しい感覚すべて同等にとらえるのです。

すべてのものは常に移り変わっている、生まれては消えていく「無常」を理解して完璧な平静を保ち観察し続けます。

そして、心に浮かんだ様々な妄想、想像、記憶、アイデア全てについても、肉体的感覚と同様に、あくまで平静に観察をし続けるのです。

「私は今、妄想をしている。集中できなくなっている。痛いと感じている。早く終わって欲しいと思っている。」というふうに。

その訓練を続けていると、4日目にはほとんどの生徒が1時間ずっと動かずに座っていられるようになります。そして最終日までには、微かな感覚と激しい感覚が混ざり合い、全身均一な感覚に包まれます

 

まずは、自分の体におけるどんな感覚も同一と捉え、そこに何の感情も結び付けない練習をすることで、身の回りに起こるどんな出来事も(嬉しいことも悲しいことも)、単なる事象としてそこに感情を結び付けずに、平静に判断・行動できるようになるという論理がそこにあるわけです。

 

とはいえ、これはそう簡単にできることではありません。

瞑想を毎日の習慣にして、集中力や洞察力を鍛えていかなければならないのです。

実は、アシュタンガヨガの実践の中で、「瞑想」というのは、上級者レベルに達して初めて実践を許されるほど難しいものです。

アシュタンガヨガの上級者レベルというのは、世界的にみてもそう簡単には辿り着けない段階です。

そこに至った人たちは、瞑想修行に打ち込める集中力と心と身体の強さを持っている人たちです。

そうでない人たちには、理解できない領域であるし、理解しているつもり、やってるつもりになって、さらに、できていると勘違いをして、おかしな方向に行ってしまったり、頑張ってやっても効果はなく、継続できずに終わる・・・というのが目に見えています。

 

ですから、瞑想云々、洞察力がどうの、という話は、私たちのような初級〜中級レベルの実践者にはまだ早い訳です。

 

最近それをつくづく感じています。

私にはまだ早い・・・と。

 

ですが、だからこそ、アシュタンガヨガの練習に打ち込める訳で、今はとにかく目の前にある課題に集中して、一生懸命日々練習をしていこう!と思うのです。

アシュタンガヨガインターミディエイト(中級レベル)指導者養成講座修了しました

静かな通りにあるIYC表参道

アシュタンガヨガ初級の指導者養成講座を修了して2年。

少しずつ那珂川町でアシュタンガヨガをされる方が増えてきて、私自身の練習もしっかりできるようになってきたので、ここらでもう一つレベルアップしたいということもあり、GWに開催された中級レベルの指導者養成講座を三日間みっちりと受けてきました。

午前中は、マイソールクラスもしくはレッドクラスとプラナヤマ(呼吸法)と瞑想、午後は初級のアジャスト等の復習、夕方は中級のお勉強。

最終日は身体の疲労がピークに達し、悲鳴を上げそうになっていましたが、この経験もまたお勉強だなあと思いながらなんとか最後まで頑張りました。

ケンハラクマ先生と娘を可愛がってくれた他の受講生と記念撮影

こういった「特別な練習」は、日頃の練習に大きな刺激を与えてくれます。そして新たな発見があり、新たな気持ちでこれからの練習にのぞむことができます。

皆さんも時々「特別な練習」をしてみてください。きっといいことありますよ!

 

 

そして、継続は力なり。

やってればわかります。

ただただ、練習しましょう!!!

practice×3,oneday coming☆ ヨガの恩恵(ケン・ハラクマ先生WS in 大阪)

さて、初日は19:00〜21:00までのアジャストメントWSからスタート。

現在通っている福岡のスタジオ(TIKI YOGA studio)のオーナーYUKIさんをはじめ、他にも素晴らしい素敵な先生が周りにいるものの、たまには気分転換で新しい発見が欲しくなり、また、たまには娘を置いて一人旅をしたいという気持ちもあっての大阪遠征です。

ケン先生とは、アシュタンガヨガ初級の指導者養成を昨年4月に受けて以来でした。あれからこれまでの間、自分なりにできる範囲で勉強や練習を続けてきました。

さらにここ数ヶ月は、これまで妊娠出産育児を理由に諦めていたスタジオ通いを再開でき、日々学び続けていることもあって、さらに深い学びや発見がありました。

余談ですが、YUKI先生のレッスンを初めて受けたのは2011年。これまで色々な先生のレッスンを受けてきましたが、結局ここへ戻って練習をしています。指導を受けた時間数で言えば、ダントツでYUKI先生ですが、次に多いのは意外にもケン先生。関東へ帰省した際や、福岡へ来られた時にレッスンやTTを受けたり、本やDVDも合わせれば(笑)、結構お世話になっていると思います。

 

「日々の練習」があってこその学び。

 

以前は、普段から今ほど練習をしていなかったので、時々、ちょこちょこっと有名な先生のWSを受けたところで、大して進歩はなかったのですが、やっぱりなんでもそうですけど、基本が一番大事だなあと思います。

自分に合った先生の元で、依存することなくいつもニュートラルに新鮮な気持ちで自主的に練習を続けること。

自分のために練習をしたり学んだりしているのだから、誰が誰の指導を受けようと自由です。相手が誰であろうと、その時の自分にとって響くものがちゃんとあって、それがちゃんと財産となって積み重なっていく。

こうやって自分でこうしたいと思う環境を整えられるようになるのもヨガの恩恵です。私はヨガをはじめてこの10年余り、自分の理想通り物事が進んでいます。これ実話。

二日目朝のプライマリーレッドクラス
リストラティブポーズやリラクゼーションポーズなどを学ぶWS

ポーズやアジャストメントがどうのという末端のことだけでなく、ハタヨガ(フィジカル)もラージャヨガ(メンタル)も合わせた、総合的な「ヨガ」を学ぼうとすると、生活がより豊かになっていきます。

先生の新刊を発売前にゲット。サイン入り。

ケン先生の本は、ヨガをしていない人にもわかりやすく、ヨガの本質を知ることができますよ!インストラクターにとっても、目から鱗な情報が盛りだくさん。気になる方は是非手にとってみてください。


早朝散歩
宿泊先は、一泊3,000円のドミトリー(相部屋)があるホステル。
共用キッチン
女性専用フロア
トイレやシャワールームも綺麗で可愛い。

色々なお部屋があって、1階はカフェ&ダイニングがあります。

スタッフも外国人だったりして、海外からの宿泊客が多く、ちょっぴり海外旅行気分。寝るだけだったり、共用が苦手じゃなければ、オススメです。

http://ark-osaka.jp/

とってもいい旅でした。

ありがとう!

無常観とマインドフルネス

本日のYOGA for relaxationでは、長めにポーズをキープし、その間に身体に感じる感覚や呼吸に意識を集中させる練習をしました。

 

キープが長いと、その状態でいることに慣れてしまうので、その間に色々な思考や感情が沸き起こります。それを客観的に観察し受け流し、そして身体の感覚に意識を戻す、というのを繰り返します。

お子様連れOKでしたので、レッスン中に周りで声がしたり走り回る音がして気が散る状況の中、皆さん一生懸命集中しておられました。

 

心がグラグラ、足元もグラグラ、な自分。

集中力がない自分。

イライラしちゃう自分。

他人と比べちゃう自分。

 

色んな自分に気づきます。

でもすぐに違う何かを思い浮かべて、また別の感情が沸き起こって、、、と、めくるめく思考の波にのまれます。波の中にいることすら気づかないこともあります。

人は普段からそうなのですが、こうやって改めて確認してみないとわからないのです。

 

この時間は、常に移り変わる(無常)「いま、この瞬間」をひとつひとつ確認していく。そういうレッスンでした。

 

大橋で毎週火曜日の14:30-15:30に実施しているインサイトヨガでは、こういった瞑想法の一部を取り入れたレッスンも行います。

興味のある方は是非一度お試しください♡

インサイトヨガ

 

福岡自然農塾で「自然農」を学ぶ

念願だった自然農塾見学会に参加してきました。

福岡自然農塾の見学会は、定期的に行われており、一番メインになっている見学会が、2ヶ月ごとに糸島の農園で実施されています。

自然農とは、耕さない、虫や草を敵としない、農薬肥料を用いない、という三原則に則り、自然の営みに沿った栽培を行います。

使う道具は、ノコガマ、スコップ、鍬のみ。

草刈りは必要に応じて行いますが、草ボーボーであることは土の豊かさを現しており、そこに虫たちが活き活きと生きている様子を自然のあるがままの姿とする、「自然に応じる」農法です。

 

活き活きとエネルギーを感じる田畑の様子
夫と娘もワクワク

 

タネのおろし方実習
ブロッコリー、白菜、カリフラワー、小松菜などの移植実習
稲刈り実習
藁で縛る
ハザ掛け

自然農は、本来そうあるはずの生き方そのものだと思います。

宇宙の真理、自然の摂理に従い、個々に応じるやり方で、、というのは、実はヨガでも瞑想でも全く同じ考え方なんですよね。

 

ちなみに個々に応じるというのは、例えば、稲刈りの後の草刈りは、夏草は自然と枯れていくのでそのままでよく、冬草はこれから育てる小麦と競合するので丁寧に刈っておく、というようなこと。闇雲にただ刈れば良いというものではないのです。(自然農では、刈った草もどこにも持ち出さず、作物の周りに満遍なく散らしておきます。それがやがて土へ還り栄養となります。草は敵ではない。)

昔、植物を育てる時「土の表面が乾いたら、水やりをする」と書いてあるので、その通りにしていたのに、根腐れしてしまった・・ということがよくありました。

私は植物を育てるのがとても苦手でした。

今考えると、実は土の表面は乾いていたけど、少し下の根のあたりは湿り気たっぷりで水は必要ないのに、じゃんじゃんあげていたわけです。何の不思議もない、私がただそうなるようにしていただけです。

かつての私は、植物そのもののことも、その植物がおかれている環境や気候、状況をちゃんとわかっておらず(無知)、ただ、こうするのだという慣例や決まりの通りにすればコトはうまくいくのだと思い込んでいたのですね。

 

でも今は、もう何年も植物が生きられる世話ができるようになりました。

土だけではなく、植物の葉っぱや茎など全体を見て、水が必要そうだなと思えばあげるし、不要ならあげない。そういう判断が自然とできるようになっています。

 

ヨガや瞑想、そして自然農に触れながら日々を過ごしていれば自然と、観察力、洞察力、真理眼のようなものが養われ磨かれていくような気がしています。

それは決して高尚であるとか、すごいでしょ!ということが言いたいのではなくて、本来私たちは当然そういうものであったはずなのだけど、文明の発達によって退化しているということなのです。

縄文・弥生時代の農耕民族なんかは、当たり前のように自然の摂理に従って、自然農で行なっている営みを、ごく自然にしていたのです。

「自然農」は、とっても深く、核心に迫る。

そういうものを、家族みんなで共有できることが、この上なく幸せなのです。

新クラス「呼吸法と瞑想」11月より毎週木曜日13時開講です!

過去に数回実施したことがある「呼吸法と瞑想」のクラス。

私も大好きなクラスですが、とても人気があり、また新たにリクエストもいただきましたので、11月からレギュラークラスとして開講することにいたしました。

全く動きませんので(笑)、運動が苦手な方や妊娠中の方にもオススメです。

呼吸法と瞑想

日時:毎週木曜日 午後1時から2時まで

料金:ドロップイン 2,000円 / 4回チケット 6,000円(初回の日から2ヶ月有効)

場所:講師自宅(片縄9丁目)

参加方法:申し込みフォームか、メールで直接ご応募ください。

※レッスンは予約制です。スケジュールをご確認の上、事前にメールなどで参加をおしらせください。

「ヨガは99%の実践と1%の理論」について思うこと2017

アシュタンガヨガの教本を読んでいると、シュリ・K・パッタビジョイス氏が生前よく言っていた言葉として出てきます。

とにかくやりなさい、やってればいつかわかる。
逆に言えば、練習をたくさんしないとわからない。

 

「あなたがあれこれ理論を考えたり唱えたりしたところで、及ばないくらい緻密に計算された壮大な世界が実は広がっている。今は全く見えないかもしれないけど、いつか少しずつ見える時がやってくる。実践を続けていれば。」

と言われているかのようです。

 

アシュタンガヴィンヤサシステムのような伝統的なヨガというのは、何もないところから突然誰かが何となく考えだしたというようなものではなく、古い歴史的な経典に書かれているものを元に、博識ある然るべき人が研究に研究を重ねて導き出したシステムであると、色々な文献を読んで私はそう解釈しています。

ヨガは、直感的でスピリチュアル的に感じるけれど、実は裏側はまるで電子回路のように複雑に構成されているもの、「自然のものが全てそうであるかのように、科学的なシステム(アシュタンガヨガ / リノ・ミエールより引用)」だと思います。

 

その効果や気づき、変化などの恩恵は、伝統的なやり方で真摯に練習を続けていれば、必ず受けられる。だから、やりなさい。心配しなくてもちゃんと結果はついてくる。そういう風にできているのだから。

そして、理論も少しは知りなさい。じゃないと何のためにやっているのかわからなくなってしまうから。

「ヨガは99%の実践と1%の理論」

とは、そういうことなのかなあと感じています。


ところで、知識が1%としたら、相当な練習が必要です。
だからヨガをする人は、「daily practice」日々練習・・・なんですね〜。

そして忘れてはいけないのが、大切なのは過程でありゴールすることではないこと。ゴールへはいつか辿り着くことになると信じて、その過程に何を感じて何に気づいてどう変化していくのか。

日々の生活にどう影響があるのか、その一瞬一瞬に意識を向け続けて生きるということ。

 

私たちは、より良い人生を送るために、ヨガをしているのだから。

「原因」と「結果」

「この世の中に不思議なことなど何もない」と思うようになったのは、京極夏彦の小説の影響(百鬼夜行シリーズの主人公の決め台詞)もあるのだけど、ヨガや瞑想をするようになってからますますそれを実感するようになりました。

全ての物事には原因があって、当然の結果になっている。

「蒔いた種の通りに花が咲く」
「自業自得」
「全ては自分の責任」

何かトラブルが起きた時に、何かの所為や人の所為にしたくなりがちですが、自分で蒔いた種は自分で責任持って摘もうという心構えを常に持っていれば、この世で起きることなんて、大したことではない。ということです。

 

病気についても私はそう思っているところがあって、「病は気から」って昔から言うけれど、全ての病気の原因は自分の「ストレス」からくるものだと思っています。

生きていれば、大なり小なりストレスを感じるものですが、それをうまくかわしたり逃したりしながら、病気知らずの心と体にしていくことはできると思っています。(考え方だったり、日々の訓練、身体のメンテナンスによって可能)

ヨガや瞑想は、間違いなくそのためのツールとして利用でき、誰でもどこでもいつまでも続けていくことができるものです。
科学的、論理的でありながら、自然で無理のない方法です。

だから、心からオススメしたい。
営業トークでもなんでもなく、迷いなく。

これは奇跡でもなんでもない、原因による当然の結果。

続ければ必ず結果が出ることを体験してもらえると思います。

 

自分の心と体を見つめる時間

こととば那珂川主催の「カラダのこととば」で企画させていただいた「INSIGHT YOGA」は、那珂川どんたくと日程が重なり、会場の博多南駅前ビルは終日とっても賑わっていました。

呼吸瞑想のクラスは、外の賑わいのため少々やりづらかった面もあったかと思いますが、日頃の悩み(眠れない、ネガティブ思考、肩こり腰痛、ホルモンバランス、自律神経系の乱れ等)を解消に導くために、呼吸や瞑想を活用すること、毎日数分でもいいので続けて行くことで、効果を得られることなどをお伝えしました。

「はじめてさんのヴィンヤサヨガ」は、ヨガ自体初心者の方が参加されましたので、少しずつ慣らしながら行いました。こちらが思っているよりもしっかり動けていたなあという印象でした。

「体の歪み改善ヨガ」では、歪みを感じている部分、気づいていないけど歪みのある部分を確認。

肩の高さが違っていたり、猫背になっていたり、股関節の硬さに左右差があったり。

例えば、肩の高さが違うからといって、肩が歪んでいるわけではありません。体の骨は筋肉で支えられていますから、普段の生活習慣や癖によって姿勢が崩れ、ある部分の筋肉が硬くなって左右差が生まれ、バランス悪く骨を引っ張り合い、そうやって歪みが生じてきます。

ですから、凝り固まった筋肉をほぐし、パン生地をこねるように柔らかくしていくことで不自然に引っ張られていた骨を自然な状態に戻していくことができるのです。

 

たったの30分ですが、始めた時と終わった後の体の違いを感じていただけたと思います。

ですが、日頃の悪い癖や習慣を改めて、毎日少しずつでもいいので、続けていくことで効果が持続されます。

 

「継続は力なり」

是非、続けてください!