俯瞰で全体を眺めることの大切さ

“木を見て森を見ず”。小さいことに心を奪われて、全体を見通さないことのたとえ。

もし今あなたが何かにとらわれているとしたら、そこには同時に苦しみも存在しているかもしれません。
例えば、「人はこうあるべき、社会人はこうあるべき」といったこだわり、自分の経験から確立した自分なりのルール、理想、妄想、、などです。

“自分”は、それらを遵守しているのにあの人はしていない。

そういう気持ちには苦しみが現れています。

我が子にはこうあって欲しいのになかなかそうはならない。

ここにも苦しみが現れています。

でも、そのこだわりから解放された時、その苦しみは消えます。というか、はなから苦しみは生まれません。

・・・と、そういうことなんですね。

どうすれば、苦しみを生むこだわりから解放されるのか。

全体を俯瞰で眺めるというのはどうでしょうか。

何か嫌なことが起きそうな雰囲気になったら、これは長い長い人生の中のほんの一瞬の出来事で、あっという間に過ぎて行く、そんな些細なことなんだなぁ、と感じてみる。

そういう練習を続けていくと、きっと、何が起きてもケロッとしていられそうではないですか。

とはいえ、私自身も毎日不平不満を感じながら生きているんですけどね。頭では分かっていてもなかなかうまくいかないのは、長年自身が培ってきた業のせい、、
だからこそ子供には、早いうちからそのようなことを教えてやれたらと思っています。

さて、(多少強引ですが)全体を俯瞰で眺めるという意味を込めて、ヨガの種類や流派を色々と調べてまとめてみましたので、興味がありましたら、見てみてください。

何千年も昔から始まって現代に至るまで、様々なヨガが生まれ、あるいは作り出され、派生して、消滅して、、、を繰り返しています。

自分が実践しているヨガはどんなものなのか、他の種類や歴史や由来を知ることで、さらに理解が深まることもあります。

全体を知った上で自分が何を選択するのか、また選択すれば良いのか。

全体を知らずに、自分が実践しているヨガだけを一生懸命にするよりも、全体を知った上で、そのヨガを一生懸命にする方が、より良い実践ができるのではないかなと、思います。

何事においても、全体を俯瞰で見られる「冷静さ、平静さ」が欲しいものです。