タイ古式マッサージと仏教の関係

「ワット」と呼ばれるタイの仏教寺院が、かつて庶民のコミュニケーションの中心地でした。「ワット」は仏教の教えを学ぶ場であるのと同時に、マッサージ法を学ぶ場でもありました。西洋医学が流入する以前には、病気の家族を手当てするために、人々は僧侶にマッサージの手法を相談して治療を行っていたのです。このようにタイマッサージは、数百年も前から病気の治療法として、臨床的に実践されてきました。このマッサージは、長い年月をかけて母から子へ、師匠から弟子たちへと、口頭で伝えられたものなのです。仏教と深い関係を持ちながら発展してきたこのマッサージでは、「ワーイ」と呼ばれる合掌を行い、健康と幸せに祈りを捧げますが、これが寺院で発展を遂げた名残です。そこには、ただ気持が良くなり、健康になるだけでなく、相手を思いやるという仏教の教えが込められています。タイ古式マッサージを志す人にとって、形だけにとらわれることなく、仏教の心を理解しておくことは必要なことだと言えます。
■タイの仏教

タイ王国では、現在でも国民の95%が敬虔な仏教徒です。一度訪れればわかりますが、国民の生活に仏教が息づいています。ワーイという合掌もタイの人々にとって日常のあいさつの際に行う行為で、日本人が頭を下げるのと同じくらい自然なことです。
日本の仏教とタイの仏教は少し違いがあります。 紀元前5世紀ごろ、インドで仏教が開かれましたが、日本に伝わった仏教は、インドからチベッを経てト、中国へと伝わり、日本には朝鮮半島から538年に伝来しました。「北伝仏教」「大乗仏教」と呼ばれています。これに対し、タイの仏教は「南伝仏教」「上座仏教」と呼ばれ、スリランカやミャンマーから13世紀に伝わったものです。
釈迦は生前に重要でない戒律はサンガの同意によって変更してよいとしていました。釈迦の死後、仏教がインド北部に伝播すると、食慣習の違う北部インドでは正午以前に托鉢を済ませることは不可能であったためこれによって、戒律の修正を指示する大衆派と反対する戒律保守の上座部との根本分裂を経て枝葉分裂が起り、部派仏教の時代に入ったのです。
■上座仏教と大乗仏教

上座仏教 ( じょうざぶっきょう 、Theravada Buddhism)は、 仏教の分類のひとつ。他の日本語表記として「上座部仏教」 、「テーラワーダ仏教」、「南伝仏教」 、「小乗仏教」などと呼ばれることもあります。教義的な特徴としては限りない輪廻を繰り返す生は「苦しみ(dukkha)」である。苦しみの原因はこころの執着である。そしてこころの執着を断ち輪廻を解脱するための最も効果的な方法は、教典の学習、戒律の厳守、瞑想の修行であるとしています。釈迦によって定められた戒律と教え、悟りへ至る智慧と慈悲の実践を純粋に守り伝える姿勢を根幹に据えてきたのです。つまり、自己の煩悩を絶ち、自らが解脱を得ることを目的としています。「小乗仏教」は、個人の解脱しか考えていないからという「大乗仏教」側からの蔑視用語で、この表現は現在タブーとされています。

大乗仏教では上座仏教の形式主義的なところを批判し、釈尊の真精神を発揮するとの立場から、さまざまな解釈を追加し、思想的展開が図られていきました。釈迦の他にも、数あまたの如来や諸菩薩が活躍する大乗経典を生み出し、 自身の成仏を求めるにあたって、まず苦の中にある全ての生き物たちを救いたいという心(菩提心)を起こすことを条件とし、個人の解脱だけでなく、大衆が皆救われるようにという考えに基づいているのが特徴です。

ター(他人の身になって喜ぶ、vicarious joy)、ウペッカー(心の平静、equanimity)の4つです。タイでは、こういった奉仕の精神が仏教を通して教えられ、こういった背景の中でタイ医学は営利主義から守られてきたのです。こういった理由から、タイマッサージは仏教の寺院の行事として、社会奉仕の一環として行われてきたものなのです。しかし、西洋医学の促進と同時に、健康面 に関する寺院の役割は、次第に不明瞭になり、タイマッサージは暗黒の時代をさまよった時期もありました。しかし、今日、マッサージは再び健康に非常に効果的な方法として、西洋医学との両立が考えられるようになってきました。21世紀を迎え、新たな医学への取り組みが始まったばかりですが、その根底に流れているのは、仏陀の教えに基づいた愛であることを忘れてはなりません。

1、メッター(慈の心、親切心)
すべての生命あるものに対して、慈しみの心を持つことを説いています。自分の身内に対する思いのように、自分のことと同じように他人を思いやる気持ちを持つこと教えてくれています。

2、カルナー(悲の心、哀れみ)
「人の苦しみを取り去る」 ことを説いています。痛みに苦しんでいる人を見かけたら、その苦しみを取り去ってあげたい、何かしてあげたいと思うことを教えてくれています。

3、ムディター(喜の心、他人の身になって喜ぶ)
他人の幸せを自分のことのように喜ぶことを説いています。嫉妬心を持たずに素直に喜べることを教えてくれています。

4、ウベッカー(捨の心、心の平静)
自分勝手な判断を捨てて、あるがままの姿を観ることを説いています。先入観を持たずにすべての人を平等に観る心を教えてくれています。